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青森地方裁判所 昭和51年(ワ)74号 判決

原告

斎藤勇二

ほか一名

被告

沢木光彦

主文

被告は原告らに対し、各金二二万六八四五円および各内金一五万六八四五円に対する昭和五〇年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告ら各自に対しそれぞれ金五九九万七九三九円および内金五六九万七九三九円に対する昭和五〇年一月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

訴外亡秀樹は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和五〇年一月一八日午後七時頃

(二)  発生地 むつ市大字関根字烏沢一一九の二

(三)  加害車 普通乗用自動車(青五ひ一五五号)

運転者 被告沢木光彦

(四)  被害者 訴外秀樹(歩行中 当時三歳)

(五)  態様 被告が前記車を自ら運転し時速約九〇キロメートル以上の速度で走行中折柄道路を横断し自宅に入ろうとしていた原告らの長男訴外亡秀樹を認めて急制動の措置をとるとともにハンドルを左に切つて避けようとしたが間に合わず、自車の右端前部に同人を接触させてはね飛ばし、これによつて原告らの長男秀樹をして脳挫傷を負わせた。

(六)  被害者訴外亡秀樹は即死した。

二  (責任原因)

被告は次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告は加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであり、自賠法三条による責任。

(二)  被告は、事故発生につき次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

被告において、現場付近はゆるい左カーブをなしているので前方の見通しも悪く且つ当時路面はアイスバーン状態に凍結していた上、道路両側には積雪があり且つその後ろには住居が立ち並んでいてこれら住居より住民等が横断し始めるやも知れぬことに注意して前方左右に注意を払いつつ且つ制限時速四〇キロメートルで進行すべき注意義務があるのに、これを怠り漫然同一速度のまま進行した過失を犯し、そのため本件事故を惹起した。

三  (損害)

(一)  葬儀費

原告らは、訴外秀樹の事故死に伴い葬式費用として金三〇万円の出捐を余儀なくされた。

(二)  被害者に生じた損害

(1) 訴外亡秀樹が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり金一六四二万七二八九円と算定される。

(死亡時)三歳

(稼働可能年数)六四年

(収益)一カ月一三万三、四〇〇円、年間賞与等金四四万五、九〇〇円

(控除すべき生活費)二分の一

(毎年の純利益)一、七七四万四、八八九円

(133,400円×12)+445,900=2,046,700円

2,046,700円×1/2×17.34=17,744,889円

(養育費控除)

10,000円×12×10.98=1,317,600円

17,744,889円-1,317,600円=16,427,289円

(年五分の中間利息控除)新ホフマン式計算による。

(三)  右訴外人の死亡による精神的損害を慰藉すべき額は、次のような諸事情に鑑み金五〇〇万円が相当である。

原告らは右訴外人の相続人の全部である。よつて原告らはいずれも親としてそれぞれ相続分に応じ右訴外人の賠償請求権を相続した。その額は原告ら各自において金一、〇八六万三、六四四円である(なお訴外亡秀樹及び原告らにも本件事故につき二〇%程度の過失が存するので、原告らの右損害金より二〇%をそれぞれ控除する)。

(四)  損害の填補

原告らは被告沢木から見舞金として既に金三二万円の支払を受け、また自賠費保険から金一、〇〇一万一、四一〇円の内入を受けているので、これを原告らの相続分に応じ二分の一宛を(金五一六万五、七〇五円)充当して控除すると原告ら各人の損害額はそれぞれ金五六九万七、九三九円となる。

(五)  弁護士費用

以上により原告らは各金五六九万七、九三九円を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、青森弁護士会所定の報酬範囲内で、原告らは各自金三〇万円合計金六〇万円を手数料及び成功報酬として支払い又は支払うことを約した。

四  (結論)

よつて被告に対し、原告らは各自金五九九万七、九三九円および内金五六九万七、九三九円に対する事故発生の日以後の日である昭和五〇年一月一九日以後支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告の事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。(六)は認める。

第二項中、加害車が被告所有であることは認め、その余は争う。

第三項は争う。ただし、原告らがその主張の自賠責保険金一、〇〇一万一、四一〇円を受領したことは認める。

原告らの逸失利益の算出方法は誤つている。かりに年齢計平均給与額を基準とすれば左記のとおり金七六九万七、五七五円となり、原告算出の金一、六四二万九、八九〇円と大きな開きが出る。これはライプニツツ係数を用いるべきであるのに新ホフマン係数を用いているからである。逸失利益の算出は別紙第三の方式を用いるのが合理的であるから、金四四一万二、七五八円となる。

第一(東京地裁方式)

{年合計平均給与額×(1-生活費割合)ライプニツツ係数}-養育費={(133,400円×12カ月+445,900円)×(1-0.5)×(高卒)8.739}-(10,000円×12カ月×10.379)=8,943,055円-1,245,480円=7,697,575円

第二(大阪、名古屋各地裁方式)

{初任給平均給与額×(1-生活費割合)×ホフマン係数}={(75,400円×12カ月+105,100円)×(1-0.5)×17.344}=8,757,852円

第三(京都地裁方式)

{初任給平均給与額×(1-生活費割合)×ライプニツツ係数}={(75,400円×12カ月+105,100円)×(1-0.5)×8.739}=4,412,758円

二 (事故態様に関する主張)

被告は本件当時午後七時頃の暗夜であつたため、自車の前照灯をつけて前方を注視し出名部方面から大畑方面に向け道路左側部分を時速約六〇キロメートルで運転進行して本件現場にさしかかつたのであるが、たまたま黒つぽい服装をした秀樹(当時満三歳七カ月)が右側の家から出て道路側端付近に積まれていた雪の陰から、道路を横断して真向いの自宅にひとりで帰るべく、突如被告車前面に飛び出してきた。被告はこれを約二〇メートル右側前方の側端付近に発見したので、危険を感じ、直ちに警音器を鳴らし、同時に急ブレーキをかけたが、路面が凍結していたために滑り、他方秀樹は警音を無視して走つて来たために自動車の前面に衝突するに至つた。

三 (抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて、被告には運転上の過失はなく、事故発生は第一に原告らが夜幼児を使つてひとり歩きさせていたこと、第二に平素から秀樹に対し交通の危険に対する適切な注意を与えるのを怠つていたことについて、保護者としての監護義務を怠つた過失があり、第三に秀樹が幼児とはいえ三歳七カ月ともなれば交通事故の危険については知つているはずであるのに、ライトと警音で容易に被告車が進行して来たのを知りながら、無謀にも同車の前面に飛び出した過失が競合して発生したものであり、他方被告が前方を注視しても右側端付近は雪のため視界が妨げられ秀樹が道路にある程度出るまで発見不可能であつたのであり、前記のごとく同人を発見したときには直ちに衝突回避措置をとつても間に合わなかつたのであるから、被告には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の缺陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

かりに然らずとするも事故発生については被害者訴外亡秀樹側の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

秀樹が僅かの注意をすれば加害車が来たことを知ることができ、従つてその進路に入る前(すなわち加害車からみて道路右側)に立止まり、衝突を回避することが容易であつたのに、道路に飛び込んできたのであるから過失割合は五割を下らないと解する。

(三)  損害の填補

原告らは自賠責保険金一、〇〇一万一、四一〇円と被告から四一万一、一八〇円、以上合計一、〇四二万二、五九〇円を受領しているのであるから、損害はすべて填補されていることとなる。

第五抗弁事実に対する原告らの認否

原告らが被告より金三二万円の内入を受けていることは認めるが、その余はすべて争う。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  (事故の態様と責任の帰属)

原告主張の原因第一項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いない。

そこで本件事故態様について検討する。

成立に争いがない甲第四ないし第九号証、原告斎藤敬子、被告沢木光彦の各本人尋問の結果によれば

(一)  本件事故の現場はむつ市と大畑町、大間町を結ぶ国道二七九号線上でほぼ東西に走る幅員約六メートルの舗装道路でむつ市方面から大畑町方面にゆるい左カーブで歩車道の区別はなく、速度は六時から二一時まで四〇キロメートル毎時に規制されている。道路両側には人家が立ち並んでいる上交通量が多く、道路両側には高さ〇・六ないし〇・八メートルの堆雪があり、路面はいわゆるアイスバーン状になつていたこと。

(二)  被告は、事故当日通勤に使用していた加害車を運転して時速六〇キロメートルで帰宅途中、前方約二四メートルの進路右側より走り出て来る被害者亡秀樹を認め急制動の措置をとるとともにハンドルを左に切つて避けようとしたが間に合わず自車左前部を同人に衝突転倒させ、同人は脳挫傷により即死したこと。

(三)  被害者秀樹は、原告斎藤敬子が二男を寝かしつけていた際一人で本件国道を隔てた自宅向いの親戚の家に遊びに出かけ、また帰宅しようと小走りに横断しようとしたものであることが認められ、右認定に反する被告が警音器を吹鳴したとの供述部分はこれを採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、加害車を運転していた被告は、本件事故につき、自動車運転手として遵守すべき制限速度に従つて運転進行することは勿論、現場付近は住居が立ち並び道路の両側には堆雪があるので見通しも悪く且つ当時路面は凍結しアイスバーン状になつていたのであるから、住民等が横断し始めるかも知れないから前方左右に注意を払いつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然同一速度のまま(時速九〇キロメートル以上で運転したとの原告ら主張はこれを認めるに足りる証拠はない。)進行した過失を犯し、そのため本件事故を惹起しているのであるから、本件事故につき不法行為者として損害賠償責任を負わなくてはならない。

また加害車を所有し、これを自動車板金修理業を営む訴外武藤昌太郎方への通勤の用に供し、運行供用者の地位にあることを争わない被告は、運転手たる被告に前記のとおり過失が認められる以上、免責される余地なく、本件事故につき運行供用者としても損害賠償責任を負わなくてはならない。

しかし他方前記認定事実によると、被害者である訴外亡秀樹及びその両親原告らも、本件事故発生について歩行者として遵守すべき注意義務、すなわち幼児が交通のひんぱんな道路を監督者が付き添わないで歩行させてはならないのにこれを怠り、亡秀樹が加害車の前面に飛び出した過失を犯していること、および右過失が競合して本件事故発生に寄与していることが認められる。

そして本件事故における被害者の右過失を斟酌すると、被告は原告らに対し相当の損害額のうち七五%に当る金員を賠償すべきものと判断される。

二  (損害)

(一)  (事故と死亡との関係)

被害者訴外亡秀樹の死亡が本件事故を原因とするものであることは当事者間に争いがないので、被告は訴外亡秀樹の死につき損害賠償責任を負わなくてはならない。

(二)  (葬儀関係費)

原告斎藤敬子本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると原告らは訴外亡秀樹の父母に当る者であるが、本件事故時長男秀樹の事故死に伴ない、その葬儀を喪主として行ない葬儀当日の諸費用のほか、通夜、初七日より三五日迄の諸忌日の法事費用として少なくとも金三〇万円の出費を余儀なくされていることが認められ、右認定に反する証拠はないところ、右のうち金二五万円が本件事故による損害として賠償を求めうる金員である。

(三)  (被害者に生じた損害)

(1)  逸失利益

成立に争いがない甲第三号証、同第九号証、原告斎藤敬子本人尋問の結果によれば、訴外亡秀樹は昭和四六年六月六日生の男子であるが、通常人とかわらぬ健康を保持しており、本件事故死なくは本件事故後の就労可能な満一八歳より六七歳までの四九年間昭和四九年度賃金センサスにおける男子労働者平均給与額金一三万三、四〇〇円、同年間賞与等金四四万五、九〇〇円であることは公知のところ、訴外亡秀樹は右稼働期間を通じてその収入の五〇%を租税および自己の生活費として出費、負担することは公知顕著なところであるから、結局訴外亡秀樹は右稼働期間中一カ年当り金二〇四万六、七〇〇円の収入をえつつ、これより五〇%に当る金員を租税および自己の生活費として出費することになる。

従つて訴外亡秀樹は、本件事故後一五年経過後四九年間一カ年当り金一、七七四万四、八八九円の純収益を挙げうるものと認められ、これが昭和五二年二月二四日現在における価値をライプニツツ方式(ホフマン式は、係数が二〇を超え、期毎に利息を受領することにより稼働全期間の逸失利益を回収しても期限経過後なお元金が残存する結果となり明らかに不合理であるので採用しない。)により算出すると、次のとおり金八九四万三、四六七円となる。

ところで被告は訴外亡秀樹は本件事故時満三歳七月であつて、稼働可能年齢に達する迄の一四年五月の間、その養育のため一カ月当り金一万二、〇〇〇円の出費を必要とするものであり、そして右金員は賠償請求権者たる本件原告らが結局本件事故のためその出費を免れたものとして、逸失利益の算定に当り控除すべきものと主張するが、交通事故により死亡した幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費の支出を必要としなくなつた場合においても、幼児の財産上の損害賠償額の算定にあたりその将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきではないとするのが判例(最判昭和五三年一〇月二〇日、同三九年六月二四日)であるから、逸失利益の算定について養育費を控除しないこととする。

(133,400円×12+445,900円)×1/2×(19.1191-10.3796)=8,943,467円

ところで甲第三号証、原告斎藤敬子本人尋問の結果によると原告らは右訴外人の相続人の全部であり、原告らはいずれも親として、相続分に応じ右訴外人の賠償請求権を相続したことになるところ、その額は原告らにおいて各金四四七万一、七三三円となる。

(2)  (原告らの慰藉料)

前記認定の事故の発生事情、訴外亡秀樹の社会的地位、身分、原告らの相続人としての立場などのほか、諸事情を勘案すると原告らの精神的損害を慰藉するには、原告らに対して各金二五〇万円をもつてあてるのが相当である。

三  (損害の填補)

そうすると、本件事故と相当因果関係にある原告らの損害は各金七〇九万六、七三三円となるところ、既に認定の被害者の過失割合に従い、甲第四ないし第七号証、同第九号証、原告斎藤敬子本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、本件事故の際被害者たる秀樹は原告斎藤敬子が二男を寝かしつけていた際、本件国道を隔てた自宅向いの親戚の家から帰宅しようと道路左方約二四メートルの距離に迫つていた加害車を確認することなく、その直前を横断しようとしたこと、原告らは夜幼児を使つてひとり歩きさせていたこと、平素から秀樹に対し交通の危険に対する適切な注意を与えるのを怠つていたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないところ、右認定事実によると、本件事故については、被害者たる訴外秀樹も左方約二四メートルに迫つた加害車の直前を横断した過失を犯しており、かつ右過失を斟酌し、被告は原告らに対し、相当の損害額たる前示各金七〇九万六、七三三円の七五%分を賠償すべきものとする。

ところで、原告らは本件事故による損害に関し、既に自賠責保険金一、〇〇一万一、四一〇円の給付をうけ、被告より金三二万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを右損害賠償額から控除すると、各金一五万六、八四五円の支払を求めうることになる。

四  (弁護士費用)

以上のとおり、原告らは各金一五万六、八四五円の損害金の支払を被告に求めうるところ、原告斎藤敬子と弁論の全趣旨によれば、被告はその任意の支払をなさなかつたので、原告はやむなく弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で原告らは各自金六〇万円を手数料及び成功報酬として支払い又は支払うことを約していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告らが被告に負担を求めうる弁護士費用相当分は各自金七万円であつて、これをこえる部分迄被告に負担を求めることはできない。

五  (結論)

そうすると、原告らは各金二二万六、八四五円およびこれより弁護士費用金七万円を控除した内金一五万六、八四五円に対する事故発生の日以後の日であることの明らかな昭和五〇年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めうるので、原告の本訴各請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉武克洋)

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